鉄道は地球環境を救う

鉄道と環境の問題_01 日本は石油や天然ガスのような「化石燃料」が国内でほとんど得られない国という印象が強いが、それでも上信越・東北・北海道にかけて石油や天然ガスが産出する。

「塵も積もれば…」で、これらを合計すると原油に換算して年におよそ260万キロリットル(1キロリットルは1000リットル)という量になる。

このエネルギーで日本の国内の旅客交通の運行をまかなうとすると、鉄道ならば新幹線から大都市圏、在来幹線にローカル線まで、JRも民鉄もすべて含んで、ほぼ現状どおりを運行できる量である。これにたいして、乗用車による交通は、おなじエネルギーで現状の10%しか動かせない。

もちろん、エネルギーが枯渇したときに旅客交通機関だけ動かすということはありえないであろうが、いかに鉄道が省エネルギー的かが実感できる。

いまクローズアップされている環境問題にしても、大気汚染や地球温暖化のもととなる排気ガスの発生量は、ほぼエネルギー消費量に比例する。

資源エネルギー庁『87年版省エネルギー総覧』では空父通の分野において、単に需要追随型の施策を講ずるに留めていては、輸送に必要とされるエネルギーの量的不足とエネルギー価格の上昇による輸送費用の上昇という状況が強まっていくに従い、やがて人と物とのモビリティを確保することが困難となっていくという。

つまり今の交通体系のままではいずれエネルギーが制約となって、交通機関が思うように運行できなくなると示唆している。87年といえばエネルギーの需給状況は安定した時期であったが、それでも専門家が将来的には、このような危機を指摘していたのである。

鉄道って自動車よりエネルギー効率がはるかに良いんです。

鉄道と自動車はエネルギー効率で4~5倍の差がある。さらに鉄道の場合は惰行(動力を切って惰力でレール上を転がる)が有効に利用でさるため、総合的なエネルギー効率はもっと高くなり、総合効率では鉄道の効率は自動車の10倍ほどになる。

1989年7月におこなわれた「アルシュ・サミット」(先進国首脳会議)では、国際的な環境問題が話題になった。なかでも地球温暖化の問題が深刻である。

燃料を燃やしたとさに発生するCO2(二酸化炭素)の排出は地球の温暖化を招き、最悪の場合には極地の氷が解け出すため海面上昇で陸地が水没したり、そこまで行かずとも気象の大異変、マラリアの流行などが生じると予測される。

いつ、どれくらいの規模で、どこにそれが起きるかについては、まだいろいろな説があって確定していない。しかし、もっとも楽観的な説でさえも、ひとたび異変が起きたならばそれをもとに戻すことは不可能であって、いまから何らかの対策を講じなければ取りかえしのつかないことになるという結論では一致している。

温暖化と地球規模の環境汚染の問題は、これまでの災害のなかで、人類にとってはじめての「森へ逃げても解決することのできない問題」だといわれる。じつのところ、エネルギー業界や技術者の間でも、そのような影響はいささかSF的な話であって、起こるとしてもまだ先のことと受け取っていた面もあった。しかしもはや悠長なことは言っておられず、各企業でも続々と「地球環境対策プロジェクト」といった活動をはじめている。

日本では交通運輸の分野で全体の2割から3割のCO2を排出しているが、排出源の大部分は自動車である。
このような情勢なのに、ことに乗用車の部門では「大型車・高級車ブーム」などによって、ますますエネルギー浪費とCO2そのほかの排出ガスが増加している。

ちなみに乗用車の「燃費」の平均値をとっても、1982年までは少なくとも毎年改善の方向にあったのに、その後は逆に悪化の一方となった。エネルギー情勢が緊迫したり地球温暖化が深刻化すれば、どのみち乗用車などに乗ってはいられないし、最後の燃料をたよりに乗用車に乗って「森へ逃げて」も解決できないのである。

「自動車の責任は2割だけであるから、ほかの分野のほうを問題にすべきだ」という反論も出ると思うが、実際には自動車とほかの分野のシステムのちがいも合わせて考えなくてはならない。

鉄道と環境の問題_01 発電・工業・生活などの分野では、省エネルギーを強化したり、CO2を削減する方式に切りかえる用意ができている。

発電や産業からのCO2は、深海に溶け込ませて地表面に出てこないように処理したり、化学的に変成してふたたび燃料として回収するなどの方法も考えられている。

これにたいして自動車交通の分野だけが硬直化したまま、改善の動きがみられない。個別に走り回る自動車から発生するCO2は回収することもできない。たとえCO2を出さない自動車がいま発売されたとしても、すでに世の中に出回っている莫大な数の在来型自動車を、メーカーあるいはユーザーが費用を自発的に負担して交換するであろうか。駐車違反や車庫証明の不正取得すらメーカーやユーザーの反発をおもんばかって容易に是正できない現状をみれば、自発的な改良は期待しがたい。

耐用年数の経過によって自然に置きかえられて効果があらわれるまでには2、30年かかるであろうが、それでは間にあわないかもしれない。さらに、いまの自動車交通の分野では「省エネルギー」「低CO2化」そのものが真剣に考えられていないのではないか思われるふしがある。

電機自動車が環境的に有利な側面をもち、エネルギー的にも相当なところへ到達可能であるにもかかわらず普及できない一原因は、現在の内燃機関自動車製造と石油利用のシステムが、あまりに強固なシステムとして存在するからである。自動車交通に関する発想を転換しないと、他の分野でせっかく「省エネルギー徹底化」「無CO2化」を達成しても、自動車だけがエネルギー浪費とCO2排出をつづけて、他の努力を無駄にすることになりかねない。

他の分野も含めてエネルギー面からの温暖化対策をまとめると、

  ●省エネルギーとエネルギー利用効率の向上
  ●熱源の多面的利用、地域冷暖房、廃熱回収など
  ●高効率発電技術
  ●高効率交通機関の開発
  ●燃料転換
  ●軽質燃料への転換(天然ガスなど)
  ●代替エネルギー・太陽熱、水力、風力、地熱、バイオマス(農林資源)、潮汐、波力など
  ●原子力の利用
  ●固定化、再利用技術

といった提案があるが、鉄道はいずれにも対応が可能である。


しかし自動車は、現在のガソリンやディーゼルエンジンによるシステムをつづけるかぎりは、いずれの項目にも対応が困難と思われる。

また、CO2を回収して循環させるエネルギー体系も提案されているが、これに対応できる交通機関はやはり鉄道である。また温暖化のほかに、自動車の害としてすでに確実視されているものは植物への影響である。以前は植物被害(森林および農作物)のおもな原因は「酸性雨」(主として発電から排出される硫黄の酸化物が、雨に溶け込んで地表に降ること)であると見られていた。

しかし、ドイツのアウトバーン周辺の森林被害が激しいなどの観察から、被害の原因は、発電を起源とする酸性雨よりも、自動車から排出される炭化水素を原因とする「オキシダント」(いわゆる光化学スモッグの原因)によるものではないかと考える研究者もある。

乱開発による森林の消失が問題となっているおりから、日本でいま以上に自動車交通の拡大や高級化・大型化などがすすめば、いずれ国際的に非難されるであろう。

鉄道をもっと利用することで、エネルギーを節約できるんです。

第3次石油ショックの可能性がささやかれている。
その確率についてはいろいろな説があるが、われわれの社会が石油エネルギー体系に依存しているかぎり、やはりいつかは起こりうることであろう。
イラクによるクウェート侵攻が社会を驚かせたのもそう過去のことではない。

対策として、専門家の試算によれば次の石油ショックは過去の第1次、2次のときほど激しい動きではないので、もしいまから毎年0.5%ほど石油の消費を減らしてゆくことができれば、大きな混乱は回避できるという。そこで、交通機関の適切な分担という考え方が登場する。

自動車の輸送シェアを2割ほど鉄道に転換するだけで、輸送に関するエネルギーを四割近くも削減できる。

もちろんこれは輸送の総量は減らさず、いまの鉄道と自動車のシステムをそのまま活用するという仮定のもとである。今後20年から30年かけて自動車の輸送シェアを2割ほど鉄道に移行、すなわち一年あたり1%弱を移行してゆけばよいことになり、経済成長や国民の生活の利便にほとんど影響を与えることもなく達成できる数字ではあるまいか。これは大まかな計算であって、輸送の「質」の問題すなわち鉄道に一キロメートル乗ることと自動車に一キロメートル乗ることは効用がおなじではないから単純に代替でさないという問題がふくまれている。

しかし量的にどのくらいの大きさであるかだけをいえば、その節約分は原子力発電所のおよそ5基分に相当するのである。この試算では、いまの交通体系をそのままの形で利用するものとして量的な分担だけを考えたが、鉄道にはエネルギー源の柔軟性や環境保護の点から、質的な面でさらに多くの可能性が広がっている。

たとえば電化鉄道を走らせる電気は、それが水力によるものか火力によるものかは関係がなく供給段階で同じ電圧・周波数に変換されていればよい。また非電化鉄道についても、自動車よりはるかに広い範囲のエネルギー源を利用することができる。

これにたいして現在の自動車は、エネルギー効率そのものが鉄道の10分の1であるばかりか、エネルギー源のなかでも石油系統でしか動かず、しかもそのなかでも貴重な軽質燃料、すなわちガソリンか軽油に固定されている。このような硬直化した交通機関の永続性には疑問がある。

自動車にも未来技術と称されるものがあって、電気自動車・アルコール自動車・天然ガス自動車・水素自動車・ソーラーカーなども研究は進んでいる。しかしこのような自動車は、エネルギー別の特殊化が進むわけだから、地域別・用途別など専用システムとしての運行体制でなければ商業的に成りたたないであろう。

たとえば体の不自由な人の専用車、近距離貨物、都市内や近郊の路線バス、公共用車などとしてはひきつづき利用されるであろうが、いまのように全国を道路で結んで、鉄道に匹敵するような大量輸送機関として自動車を走らせるという利用法には対応できなくなる可能性が大きい。

このため将来は高速道路や高規格幹線道が文字どおり「無用の長物」となる可能性が大いにあり、廃棄自動車道路の再利用法をいまから考えておく必要があるかもしれない。

鉄道は21世紀の省エネルギーシステムの担い手なんです。

高速道路や自動車専用道路は一般に日あたりの良いところを走っているので、路面に太陽電池板をならべて発電してはどうか。

あるいは、高速道路はわざわざ山を崩して風あたりの強い場所を通しているから風力発電にも適している。たとえば路線1キロメートルあたり太陽電池2万5000平方メートル、風車100基(道の両側)をならべることができる。風車は、全方向の風をとらえられるように横に回転する「ダリウス型」(鯉ノボリの竿の風車を大きくした形)である。太陽発電と風力発電は気象によって出力が変動するので、負荷吸収のため蓄電池を設けなくてはならないが、さいわい高速道路の高架下とトンネルはこれに適しているであろう。

いま全国に高速道路が4700キロメートルほど開通しているので、このうちトンネルなどを除いて4000キロメートルを「再利用」したとしても、気象変動を考慮して毎時500万から800万キロワットくらいの発電が可能ではないか。これだけでもすでに原子力発電所の5基分に相当する。なお「高速道路発電」のアイデアそのものは夢物語ではなく、すでにスイスで高速道路に太陽電池をならべて実用発電をおこなっている例がある。

また太陽発電と風力発電を組みあわせる「ハイブリッド(複合)発電」というシステムは、1985年に福岡市郊外で実用化プラント(無線中継所用)が成功しており、これも現実的な話である。

鉄道と環境の問題_02 さらに「鉄道」の特色として、それ自身が人や物を運ぶだけでなく、ほかの設備と合体してエネルギーを有効利用することができる。

たとえば、地熱を鉄道融雪や発電など多目的に利用し、毎冬に雪害のある東海道新幹線の関ケ原地区で、地熱資源を使って抜本的な融雪対策をおこなうアイデアが提案されている。

新幹線の走る濃尾平野に「火山」はないが、「深層熱水」という非火山性の地熱エネルギーが埋蔵されており、量的な換算では日本の総発電量の数十年分とされる。地域融雪としては北海道・東北などですでに実用化されているが、関ケ原は年間で雪の降らない期間のほうが長く、融雪だけでは設備が遊んでしまう。このため発電設備(バイナリーサイクルと呼ばれる)も設け、冬は融雪に、冬以外は発電を主とした運転をおこなう。このように鉄道を軸としたトータルシステムを考えると、まさに鉄道は打ち出の小槌といえる。

関ケ原の話はまだアイデア段階だが、このような考え方の1つとして、地下鉄のトンネル内に溜まる熱を回収して地域冷暖房に使うシステムは、すでに札幌市で実施されている。

自動車は、おびただしいエネルギーを放出して走るが、たとえばその排熱を回収して生活に役立てるということが考えられるだろうか。

鉄道はエネルギーの面でもバラエティ豊かであり、さらにその利用法にも多様な展開が考えられ、まさに未来にふさわしい交通機関といえる。自動車の要素技術にはまだ多少の発展の可能性があり、特定の用途では将来もひきつづき使われるであろう。

しかしエネルギー問題、環境問題から考えると、用途は次第に狭められる可能性が大きい。エネルギーや環境の問題はすでに猶予を許さない状況に進みつつあり、鉄道に次第に追風が吹いてきた。いまはまだ微風しか感じられないが、21世紀にはこれがもっと強力な風になるであろう。

「筑摩書房 ビジュアル版 日本の技術100年 造船 鉄道」より抜粋